インタビュー

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自分と向き合うことを力に変えて 池江璃花子が進む夢の先

ユメミルノート vol.10|競泳 池江璃花子選手

 闘い抜くアスリートたちはこれまでにどんな夢を掲げ、叶えてきたのでしょう? そして、その夢のためにどのような努力をし、失敗や苦労を乗り越え、どんな人やものに支えられてきたのでしょうか。そんなアスリートの夢を紐解く連載「ユメミルノート by スポーツくじ」。第10回は、競泳の池江璃花子選手が登場。

 2018年のアジア競技大会で日本競泳初の6冠に輝くなど、10代からトップスイマーとして活躍してきた池江選手。しかし、その道のりは決して平坦ではなく、大きな壁を乗り越えてきた地道な歩みがあります。取材で語ってくれた飾らない言葉の端々からは、苦しい時期を経たからこそ辿り着いた、自分自身との向き合い方が滲み出ていました。ロサンゼルス2028オリンピックに向けて挑戦を続ける池江選手に、これまでの歩みと「最高の人生を送る」という夢について、そしてスポーツくじの助成金についてもお話を伺いました。

池江璃花子選手が記入したユメミルノート int_179_2
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幼き日の夢は「刑事」──気づけば夢中になっていた水泳

 3歳で水泳を始め、年長になると選手コースに入り、自由形、背泳ぎ、バタフライ、平泳ぎの4泳法すべてで50mを泳げるようになるなど、めきめきと頭角を現した池江選手。初めて教わった清水桂コーチのことを振り返りながら、その教えをこう語ります。

「水を掻く時に『手の指先を1センチ下げろ』という指導があったのを今でも覚えています。そうやって水をキャッチすることは、もともとできていたのか、言われて意識できるようになったのかは定かではないのですが、コーチからのその指導で泳ぎ方を意識するようになった記憶があります」

int_179_4 5歳の時の池江選手  [写真]=本人提供

 物心ついた時から水泳一色かと思いきや、幼い頃の夢は「刑事」でした。

「小学校に上がる前、おばあちゃんの家で過ごすことが多かったのですが、おばあちゃんがいつもテレビで刑事ドラマや『水戸黄門』などの時代劇を見ていて、そこから正義感みたいなものを感じ取って、『将来は刑事になって悪い人を捕まえたい!』と思っていました。小学校に上がると、ドロケイという泥棒と刑事役でする鬼ごっこが流行っていて、友達を追いかけて捕まえるのが楽しかったから刑事になりたいと思っていましたね」

 刑事への憧れを抱きながらも、プールでは黙々と練習を重ねる日々。そんな中で、いつしか夢の中心は水泳へと移っていきました。

「なんのきっかけもなく、いつの間にか水泳が生活のメインになっていたんです。小学生の時はそもそも働くということがどういうことなのかあまり理解していないので、将来のことはよく考えずに過ごしていました。だから、当時は自分が水泳選手として生きていくとは思っていなかったです」

int_179_5 10歳で、全国JOCジュニアオリンピックカップ水泳競技大会50mバタフライ銅メダルを獲得 [写真]=本人提供

「オリンピックファイナリスト」という夢を実現

 幼少期から実力を開花させ、中学1年生の時に出場したジュニアオリンピックカップ春季大会(13〜14歳区分)では、50m・100m自由形で短水路中学記録を更新し、同年の日本選手権では中学生で唯一5種目で決勝に進出するなど、快進撃を続け、競泳界のトップへと駆け上がっていった池江選手。そんな彼女が競技に打ち込む拠点としていたのが、国立スポーツ科学センター(JISS)です。高校時代、日々の練習の合間に館内で目にしていたのが、スポーツくじの支援を伝えるバナーでした。

「当時はスポーツくじのバナーを見て、なんでこのバナーがあるんだろうと思っていたのですが、今は、いろいろな人がスポーツくじを買うということが、私たちアスリートやスポーツ界に貢献してくれていることなんだと感じます。いい環境で競技ができることへの感謝を日頃から持っていたいです。私たちは結果を出すことでしか恩返しができないので、みなさんに喜んでもらえるような試合をできたらと思っています」

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 そんな池江選手が高校1年生の時に挑んだのがリオデジャネイロ2016オリンピックです。夢の舞台で100mバタフライで5位に入賞したことは、これまでに叶えた一番大きな夢だと語ります。

「2016年当時はまだ高校1年生で怖いもの知らずだったんですよね。とにかく自分は決勝に行くと思っていました。結果を出したいのはもちろんですが、将来、競技を引退してテレビに出た時に、私の名前の横に『オリンピック出場』じゃなくて『オリンピックファイナリスト』というテロップが出てほしいなとも思って。高校生らしい考えですよね(笑)。簡単ではなかったけれど本気の思いをかたちにして入賞できたこと、何より『絶対に決勝に行く』と自分で決めたことを達成できたのがリオオリンピックでした」

int_179_7 リオデジャネイロ2016オリンピック当時の池江選手(中央) [写真]=Adam Pretty/Getty Images

自分を支える小さな「頑張った」の積み重ね

 その後、2017年の日本選手権では女子史上初となる5冠、翌年のアジア大会では史上初の6冠を達成し大会MVPにも選出されるなど、華々しい記録を打ち立てていく池江選手ですが、2019年には白血病が発覚し闘病が始まります。今、池江選手は過去を振り返りながら、かつての自分に「覚悟しておいてね」と伝えたいといいます。

「記録が伸びて、日本記録もたくさん出て、いろんなところで活躍させてもらいました。楽しいことも嬉しいこともありましたけど、そういう時間には意外と早く終わりが来たし、そこからは辛いことが多くて。あの頃の自分には全力で楽しんでほしいけど、そのうち自分が想像していない辛さや苦しさが来るという覚悟みたいなものは持っていてほしいなと思います」

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 自分が水泳をしている意味、生きている意味──そんなことを考える時期もあったという池江選手。「(競技への復帰後の)2021年と2024年はオリンピックという世界最高峰の場所で結果を出すことの難しさを実感しました」とも語ります。そんな彼女にとって、生活の中で自分の存在意義を思い出すことが、今、前を向く力になっています。

「水泳をしている意味も生きている意味もわからなくなることもありましたが、ずっとそう思い続けるのも良くないなとは思っていたんです。そんな時に、たとえば家を綺麗にしてみるとか、他人のことを思って行動してみるとか、当たり前のことを当たり前にやって『自分は今日も頑張った』『自分は偉い』と思ってあげる回数を増やしていったんです。それによって、自分はまだ頑張っていいんだと思えました。そうやって自分を認められる瞬間が私自身を支えてくれていると思います」

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「最高の人生」のために、描く未来

 常に自分との向き合い方を模索し、メンタルが落ちた時もそのたびに乗り越えてきた池江選手。そんな彼女が目指すのは「最高の人生を送ること」です。

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「高校時代、世界のトップで戦っていた時は世界記録を目標にしていました。世界一になりたいという気持ちもありましたが、同じ人間がやっていることを自分ができないわけがないと思ってトレーニングしていたんですよね。その気持ちを最近思い出して、改めて、世界で戦うために今の自分にどういうトレーニングが必要なのかを考えています。

2026年はロサンゼルスオリンピックまでの折り返しとなる年でいろいろなチャレンジができる年ですし、メダル候補の選手たちが集まる試合がたくさんあるので、そこで戦って『自分はよく頑張った』としっかり思えるようにして、来年再来年に繋げたいと思っています。そして、競技において何一つやり残したことがない状態で引退したいです。そのあとは、他の方々からいただく仕事だけでなく、ちゃんと自分から動けるような仕事も見つけていきたいですし、やりたいことをやって、後悔なく、幸せだったなと思える人生を送りたいです」

 水泳とともに歩んできた軌跡を振り返りながらも次のステージへとまっすぐ視線を向け、一日一日を全力で生きる池江選手。「最高の人生にしたい」という夢は、これから先も彼女の背中を押していくはずです。

競泳への助成

 スポーツくじの収益は、競泳の普及・発展のためにも役立てられています。

 全国各地のプールの改修、ジュニア世代の合宿や海外国際大会の派遣、世界水泳選手権の日本での開催など、スポーツくじの助成金が広く役立てられており、池江璃花子選手ら日本を代表する競泳選手の輩出を後押ししています。

 スポーツくじの助成金は、日本のスポーツの国際競技力向上、地域におけるスポーツ環境の整備・充実など、スポーツの普及・振興のために役立てられています。

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(取材:2026年7月)

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池江 璃花子いけえ りかこ

2000年7月4日、東京都出身。中学1年生の時にジュニアオリンピックカップ春季大会(13〜14歳区分)で優勝、同年の日本選手権では5種目全てで決勝進出。リオデジャネイロ2016オリンピックで日本人選手最多の7種目への出場を果たし、100mバタフライで5位入賞。2017年日本選手権では女子史上初の5冠、翌年のアジア大会では史上初の6冠を達成し大会最優秀選手(MVP)に選出。2019年2月に白血病と診断される。2020年8月に実戦復帰。2021年の日本選手権水泳競技大会では4種目で優勝、リレー種目での東京オリンピック代表権を獲得。東京オリンピックでは3種目に出場、女子4×100mメドレーリレーで決勝進出。2大会ぶりに個人種目の出場権を掴んだ2024年パリオリンピックでは3種目に出場、混合4×100mメドレーリレー、女子4×100mメドレーリレーで決勝進出。2024年9月25日、急性リンパ性白血病の完全寛解を報告。現在、個人種目10個とリレー種目6個、計16種目の日本記録を保持している。

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